「マウント消費」という言葉は知りませんでした。
「推し経済圏」や「ファンダム消費」といった切り口は耳にしてきましたが、マウント消費とは一体どういうことなのか。最初は先のような言葉のバリエーションのひとつだろうと軽い気持ちで、冷やかし半分に手に取ったのでした。ワンテーマ新書のハードルの低さです。
ところが実際には、「マウント消費とは何か」「いかにマウントによってお金が動いているのか」が、非常にロジカルに展開されていきました。アメリカや欧米のブランドは「マウントの力」をよく理解していて、私たちはそこにホイホイ乗ってしまう。けれども日本にも、独自なそのプライドからそのポテンシャルは十分にある――。そんな分析がこれでもかと語られていくのです。
読み進めるうちに、これは洒落本なのか、サブカルチャーの本なのか、それとも真面目なビジネス書なのか……だんだん分からなくなってきました。MX=マウンティングエキスペリエンスが連発ですよ。けれども「先入観に頼らず、このふたつの耳で感じ取ろう」と覚悟を決めて読み切りました。
結論としては、大真面目に「マウント消費」を意識して活用すべき、やりましょう!でした。
たとえば、若者たちにはもう使われていないと言われるFacebookも、50歳以上のユーザーが“リア充”な写真をせっせとアップし、華やかな交流を公開しています。私自身も例外ではなく、「特に知らせる必要も義理もないけれど、いいなと思ったモノとか食事とか旅行の写真」などをついアップしてしまう。そういう意味では、確かにあるよなーと理解できる部分が多々ありました。
以前読んだ『「好き」を言語化する技術』でも、「推しの素晴らしさを語りたいのに“やばい!”しか出てこない」というサブがついてました。オタクの人たちが、自分の“好きすぎるもの”を必死に言語化し、どうしても他人に伝えたいと願う。その切実さのように、マウントがある、という感じでしょうか。
ただ「推し活」と違って、マウント消費は「他人と違う自分をどう表現するか」「どうやって自分を上に見せるか」という方向に力点があります。人間の本能として“強み”を示そうとする欲求がある以上、消費のあり方は「所有」から「所有することが意味するもの」そして「それを汲み取ってもらえる表現」へと変わっていく。その中で、いかにマウンティングを高コンテクストに「やらしくなく」表現するか――本書は特に日本人のマインドに照らして説得力ある形で解き明かしていました。
読んでいて、自分の中にも確かにそうしたマインドがあることを思い知らされ、やるせない気持ちにもなりました。けれども、これまで全く意識したことのなかった価値観を新しい「引き出し」として持てたことは大きな収穫です。私とかの世代はわかるんですが、「実」をとる若者とかはどなんでしょねー。
本書はオーディブル版で読みました。
「マウント消費」の経済学
勝木 健太 (著) 小学館


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