読書メモ:俺の文章修行

オーディオブック読書メモ

パンクロッカーとしての町田康に、私はまったく接点がありませんでした。私が音楽を聴き始めたのはもう少し後の世代だったこと、そして何よりも洋楽ばかり聴いていたため、日本のパンクロックという存在自体を重視していなかったというか、もう少し率直に言えば、馬鹿にしていたのです。私も10代とがりたい。というわけで聴いたことはありませんでした。すごいバンド名にアルバム名、怖そうな顔、という印象というか知識はありましたよ。

その後、町田康が小説を出したと聞いても、「ふーん」しかなかったのですが。すぐに賞を受賞したとか。さらに、タイトルが「くっすん大黒」。一体どんな内容なのか、まったく想像がつきません。不思議な言葉の並びだったこともあって、普段あまり小説を読まない私が、ふとその本を手に取ったのでした。

これが非常に面白かったのです。そして、こういう面白さの角度がなかなか独特な作品が賞を取るんだ、日本ってやっぱりすごいなあ、と感心したのを覚えています。ハイコンテクストなんてもう超えてしまっている、まあ要するに訳わかんないなと当時は感じました。

とにかく、あの独特な、まどろっこしくて、読みにくくて、回りくどくて、何を言いたいのかわからないような文章。唯一無二の言葉の言い回し。読むうちに、その不思議な快感に引き込まれていったのです。正直、内容やストーリーなんてどうでもよかった。この面白い言葉の連なりが永遠に続いてくれるだけで、それで十分だと思っていました。

実際、どういうストーリーだったのか、設定がどうだったのか、今ではまったく覚えていません。村上春樹の小説を町田康の文体でリライトしたらこうなるんじゃないか、そんな無責任なことを言いたくなる感じ。何を題材にしてもいい、それくらい文章の言葉の面白さに圧倒されていたのです。

例えるなら、清志郎の声で歌われるならいつまででも聴いていられる、そんな感覚に近いかもしれません。その後も何冊か小説を読みましたが、やがてフィクション自体を読まなくなっていってしまい、町田康の作品ともすっかりご無沙汰してしまっていました。

随分なご無沙汰期間を経て、オーディオブックで新刊を見つけました。おお、懐かしいと思い、しかもタイトルが『文章修行』ときてる。文章修行とな、文字通りストレートに受け取っていいものだろうかとと興味を惹かれ、思わずポチッとしてしまいました。

好き嫌いがはっきり分かれる作家だと推測されるのですが、私のようにハマってしまうと本当にやみつきになる、あの独特な文章の書き方が、なんとまともに順序立てて言語化されていたのです。ただ、その言語化が町田康の言語によって綴られているので、合わない人にはまったく進めないし、理解も難しいだろうと思います。

町田康の文章が好きな私でも、あのような文体を書きたいわけではありませんし、真似したいわけでもありません。ただ、この回りくどさは、照れ隠しの一種ではないかと勝手に合点していました。別に筋や内容なんてなくてもいいではないか、と結果として哲学的な挑戦になっているのでは、などと。

だからこそ、このようなテクニカルな指南書には少し驚きましたし、「やっぱりおふざけなんじゃないかな」なんて疑いフィルターもありました。でも、おふざけにしてはあまりにも盛大すぎる。そしてそれがおふざけであっても、こんなに面白いならそのまま受け止めればいいじゃないか、と思えるのです。

これは本当に「文章修行」としてのノンフィクションであり、指南書なのかもしれません。でも、そう思わせておいて、実は小説だったのかもしれない。そうかもしれないし、そうでなくてもいい。どちらでもいい。とにかく、とっても面白かったのです。
(本書はaudible版で読みました)

著:町田康
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『俺の文章修行』
著:町田康 幻冬舎

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