なぜ、悪人が上に立つのか。
上に立つと、悪人になるのか。
悪人になりたいから、上に立ちたくなるのか。
上に立っても悪人になる人と、ならない人がいるのか。それはどういう違いなのか。権力によって違うのか。権力が好きな人は上に立つと悪人になって、そうでない人は違うのか。上に立ちたいと思う人は、悪人になりたい人だと言えるのだろうか。
……本当に、いろいろなケースがあると思います。
また、自分が生きてきた短い期間だけでも、偉い人が不正を行ったり、犯罪を犯したり、人格が変わってしまったりして失脚したり、大炎上しているということをよく目にします。
もちろん、上に立っている人だけが悪いことをしているわけでは全然ないと思うんですけれども――
認められて、信頼されて、「できる」と思われて偉くなった人が悪人になってしまう。あるいは、もともと悪人が偉くなってしまう。そのメカニズムについて、研究した一冊です。
学術的なアプローチのある本なんですけれども、かなり取材がベースになっていて、その“悪人”と言われたかつての権力者にインタビューしているんですね。これはなかなか貴重な試みだと思います。
やはり、世の中的に「悪人だ」「権力を思いのままにした」と言われ、非難されたり、実際、体制側でなければ大犯罪となっていただろうようなことをした人――あるいは、実際に犯罪になった人も多いんですけれども――
その人それぞれの「正義」や「言い分」があって、しかも共通する特性というのもある。これはもう「業」みたいなものなのかなぁ、というところが一つ。
もう一つは、逆に言うと、私たち自身がそのような人を選んでしまいがちという、「認識の歴史」でもあるということがわかります。
なんか、変わってねぇなぁ。
なんか、どっちもどっちだなぁ、という感じです。
政治の話とか、正義の話みたいなものは、なるべく言わないでおこうと思ってるんですけれども……じゃあ、この繰り返されている「結果的に、上に立っているのは悪人になっていることが多い」という歴史的な事実を、どう変えることができるのか――
その仮説とか、提案みたいなものが、もう少しあると救われるなぁ、と思います。
なぜなら、16時間もあるんですよ、この本。
その間、ずっと「悪人の成り立ち」について、してきたこと・考えてきたことを聞かされてきたわけです。
やっぱり、そこまであったら、「悪人にならせない」ことについても、もう少し聞きたかったかなぁとは思います。
いや、面白かったんですけどね。
本書はオーディブル版で聴きました
『なぜ悪人が上に立つのか: 人間社会の不都合な権力構造』
ブライアン・クラース (著), 柴田 裕之 (翻訳) 東洋経済新報社


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