タイトルを真正面から受け止めて申し上げると、私は個人的に、「話が面白い人が何をどう読んでいるか」という点にはあまり興味がありません。正直なところ。
もちろん、話が面白い人になりたいとは思っていますし、実際にウケを狙った話し方をすることもあります。ただ、そのために「何をどう読むか」まで意識的に取り組むかというと、そこまではしないなあと思います。一方でお笑い芸人のトークの面白さ、みたいなものは結構意識しているのですが、これは自分に活かそうではなくて、人は何を面白いと感じるものなのかに興味があるからです。
「何をどう読むのか」が話の面白さに直結するのか、という方向で進めていくこと自体に、少し違和感もあります。ここは半分、言葉遊びの揶揄ですよ。ちょっとタイトルをいじりたくなっただけです。
一方で、私がこの本に興味を持った理由は別のところにあります。
それは、三宅香帆さんのインプットとアウトプットの質と量が、現在あまりにも圧倒的だからです。これだけしっかり書けるためのインプットをしているわけで、自分の感覚で考えると時間の辻褄が合わなさすぎる。乗りにのってる、ですまないパワフルさを感じます。
「話が面白い」という点や「何を読むか」というよりも、この忙しい中で三宅さんが実際にどのように読み、どう言語化しているのかを単純に知りたい、という関心のほうが強くありました。
本書を読んで感じたのは、推し・好み・テクニックといった要素が、それぞれ独立しているのではなく、すべてつながっているということです。読書体験そのものからくる思いが、紹介されたようなフィルターを通してほとばしっている感じ。そう、これまで積み重ねてきたインプットの蓄積が掛け合わせのバリエーションを飛躍的に深めているところもあるのでしょう。
『「好き」を言語化する技術』の実践的なケーススタディ編とも言えるのかもしれません。
いや、本当にすごい。
『「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか』
三宅 香帆 (著) 新潮社



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