楠木建さんの本を最初に読んだのは『ストーリーとしての競争戦略』でした。当時はちょうど電子書籍というものが世の中に出始めた頃で、発売から少し経ってからだったと思いますが、私は電子書籍で購入して読んでみました。紙のほうはとても分厚くて重たく、「これは電子書籍のほうが合っているんじゃないか」と思って試してみたのです。hontoだった記憶があります。
読み終えること自体がひとつの達成感になるような本でした。まさに「読み通す」という感覚で、その達成感のために頑張ったような。ただ、紙の本と違って「今全体のどのあたりを読んでいるのか」が把握しにくく、それが少しつらかった記憶があります。たとえるなら、マラソンで「今何キロメートル地点か」がわからないまま走っているような感覚です。
タイトルの印象では、いかにもガチガチの難しいビジネス書という感じがありましたが、実際には平易な言葉で綴られていて、それが読み切れた理由の一つでもあります。そしてその文体誕生のエピソードも『絶対悲観主義』で触れられていて、なんだかうれしくなりましたね。肝心の内容はアンラーニングしてしまいましたが。。
さて、本書『絶対悲観主義』ですが、ぱっと見タイトルの印象は哲学書のようでもありますが、実際には楠木さん節が効いた、非常に読みやすく面白いエッセイです。連載をリライトした内容のようですが、表題にある「絶対悲観主義」という、楠木さんが子供の頃から築いてきた価値観――「どうせうまくいかないんだから」という、呪文のような言葉からはじまり、「お金」「自己認識」「友達」というようなテーマが綴られます。
「どうせうまくいかないんだから」という呪文ですが、「またまた、この人は留学して一流大学を出て、大学教授になって、ベストセラー作家にもなって…頭もキャリアもピカピカじゃないか」と思ってしまいます。でも、本書を読んでいくと、その過程の中で「絶対悲観主義」という価値観に沿って歩んできたからこそ今がある、というような答え合わせがなされており、なかなかにゆる絶妙。
エッセイとして楽しく気軽に読める一方で、一本芯が通っているところもあります。「自分の好き・嫌い」や「快か深いか」をはっきり自覚し、できるだけ「嫌」や「不快」を避けて自分が気持ちいい方向に向かう。たとえそれで多少人の輪を乱そうが、後ろ指をさされようが、たいしたことじゃない――そんな姿勢に、妙な気持ちよさを感じました。
おそらくそれは、「本当はこうしたいけれど、こうすべきだよなぁ」と、つい“べき論”に流されがちな自分自身の風見鶏的な性格を思い出させられたからだと思います。
こういう「まあまあの世代の大人」に特化したようなエッセイって、最近あまり見かけないというか、そもそも雑誌がないので連載がない(そんなことはないです)のか。面白かった。
(本書はaudible版で聞きました)

『絶対悲観主義』
楠木 建 (著) 講談社
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